誰かのために生きると。

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わたしはずっと、誰かのために生きていました。

それが「よし」とされてると思ってたから。
親のため
友達とうまくやっていくため
彼氏に嫌われないように
好きな人に振り向いてもらうため
会社の上司のため
旦那さんのため
子どものため
ひとつひとつのエピソードを挙げたらキリがないくらい。
そして、思い出してて恥ずかしくなってる。
誰かのために生きてるほうが、ラクでした。
言われた通りにすればいい。
相手のことを思っていれば間違いない。
いい人だと思われるだろう。
もうね、人からの評価が一番大切で
自分の価値を人に委ねていました。
完全に、ハンドルを渡してた。
相手の気分、状況に振り回されっぱなし。
で、どうなるか。
・・・自分が疲れる。
暗闇を彷徨ってた期間は特に
「あの人のせいで」「環境のせいで」が強すぎたんだよね。
ハンドルを取り戻す作業を少しずつしていたんだよねー。
で、この「ハンドルを取り戻す作業」って
わたしにとってはお片づけがその手段のひとつだったんじゃないかと思ってます。
書きたいことが溢れてくるね〜。追いつかないぞっ。
  • 2018 07.15
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